照明環境と「ひかり」の文化

◆◇欧州からの文化の風【日本の未来のために】◇◆No98:照明環境と「ひかり」の文化
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  照明の反射板と、光のクオリア
      照明環境と、「ひかり」を楽しむ文化を発見する
      
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 脳研究の科学者である茂木健一郎は、その著書の中で、「質感=クオリア」と
いう言葉を、好んでよく使っている。「クオリア」とは、「意識の中でとらえら
れる質感」という意味の言葉であり、人間とは、単なる物質的存在(科学的な知
=「世界知」に生きる存在)ではなく、意識をもち、その中でさまざまな質感=
クオリアを感じる存在(一人称の知=「生活知」を生きる存在)であるということ
を、指す言葉なのだそうだ。

「一人称の知」とは、取り替えがきかない「この私」という意識や、「今」や「死」
という、均一に流れる物理的時間とは違った、2度と訪れることがない体験という、
一回性を特徴とする人間固有の時間意識や、出来事の半ば偶然、半ば必然という
「偶有性」を生きる存在としての人間の意識、などのことを指していて、
科学的な知=「世界知」では割り切れない、人間特有の意識や知覚や認識の形のこ
となのだそうだ。まあ、そのあたりの詳しい事情と説明については、茂木健一郎
の著書に、ゆずりたいと思う。

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ともかく、私がフィンランドヘルシンキのヴァンタ国際空港に降り立った時、

「あっ、ここは光の質感が違う!」

と直感的に感じたということは事実で、その新しい「光の質感の形」の発見に対
する感動には、「新しい質感=クオリアの発見」という言葉で形容するのが、と
ても腑に落ちる感じがしたのだった。

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 日本から欧州への直行便であるフィンランド航空のエアバスA300が、冬の
ヘルシンキのヴァンタ国際空港に到着したのは、夕方の16:00くらいの時間
だった。窓の外の景色は、もう日が沈んだ後で、暗かった。
ドイツのベルリンへと向かう便に乗り継ぎするために、2時間ほど、この空港で
待つことに。
飛行機のドアから、飛行機と空港の建物を結ぶ搭乗ブリッジに出ると、日本より
もずっと冷たい冬の北欧の冷気が、身体全体を包みこんだ。
やはり、冬のフィンランドヘルシンキは、寒い。

ブリッジを渡って、空港の建物の中に降り立つと、そこは、かすかに灯された
ほの暗い照明が、落ち着きと温かさをかもし出し、照らし出している、天井が高
くて広い、空港の乗り継ぎロビーに出た。

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「光の明るさが違う!」
「光の色が違う!」
「光の質感=クオリアが違う!」

建物の空間と照明の光が織り成す光景が、目に飛び込んできた時、直感的に、
そう感じていた。

日本で見慣れている、あの、白くてやたらと眩しくてギラギラと明るい蛍光灯
の照明器具が、どこにも見当たらない。
ひとつひとつの照明の光が、優しく、温かく、ほっとさせてくれる落ち着きの
ある「ひかり」環境を、あちこちのそこかしこで、かもし出している。
光を照らし出すに当たっての細やかな工夫とさりげない演出が、どの照明器具
にも、必ず施されていて、そこは、光の質感=クオリアが、日本とは明らかに
違う場所だった。

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 空港の乗り継ぎロビーから、免税店が並ぶショッピングストリート、軽い飲
み物が飲めるカフェ、40ヶ所以上はあると思われる飛行機の乗り継ぎゲート
を繋ぐ出発ロビーなどを、あちこち歩き回り、見上げながら、2時間の乗り継
ぎ時間の間、思わずデジカメのシャッターを何回も押しながら、新しい「ひかり」
の発見に、感動していた。

その時、「モノが見える」ということは、光が、「そこにある」物体に反射して、
始めて人の目に見えるのだという当たり前の事実を、改めて、再発見していた。

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 空港にあった照明は、大体5種類に分けられるように思われた。
(1) 天井に光を反射させて、空間全体を照らす照明。
(2) 壁や柱に光を反射させて、空間全体を照らす照明。
(3) 照明器具自体に美しい反射板を持っている照明。
(4) 壁全体、あるいは天井全体が光る照明。(光壁、光天井)
(5) 形が美しい半透明や、色の付いたガラスに光を透過・反射させて光る照明。
 の、5種類である。

 ヴァンタ国際空港の、どの照明器具も、「光を「反射板」に反射させる」こと
によって、空間を照らしていた。
そのシンプルな照明の原理を、2時間の間、空港の乗り継ぎロビーを歩き回る中
で改めて気付き、再発見することができた。

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 あちこちにある照明器具の、様々な種類の形や色や質感を持った反射板が、
共演し、競い合うようにして空間を照らし、演出している光景は、見事で、
とても新鮮だった。

壁や天井を照らす、いわゆる間接照明は、日本でも、行くところに行けば、
見ることができる。

しかし、たとえば天井に埋め込まれた、小さなダウンライト。
穴の径(大きさ)が小さく、丸い穴の中の反射板は、必ずグレア(眩しさ)を感じ
させない鈍く光るメタル(金属)製。淡くて優しい光で、空間を照らしていた。
日本で良く見かける、あのベタッと白くペイントされた鉄板の反射板は、ついぞ
どこに行っても、見かけることはなかった。
デザインされた形の良い、ガラスや金属製の反射板を持った、様々な形の照明器具
も、あちこちに見られた。

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驚きだったのは、トップライトである。
彼らにとっては、トップライトも「照明器具」なのである。
冬の間は1日中、ほとんどが夜であるヘルシンキでは、トップライトは、
「上から太陽の光が入ってくればいい」というわけにはいかないのだ。

トップライトの一番上には、当然、雨露をしのぐためのガラスのカバーがあるの
だろうが、その下の天井の周りには、何枚もの半透明の大型のガラスと金属に
よって組み立てられた巨大な反射板があって、その脇に付けられた輝度の高い
眩しい照明器具の照射による光を反射して、空港のロビー全体の空間を照らし
ていた。
昼間には、太陽の光が、この巨大なガラスの反射板に反射して、降り注いでく
ることは、いうまでもない。

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この「照明器具としてのトップライト」のアイディアの最初は、フィンランド
を代表する建築家であるアルヴァ・アールト(1898〜1976)が、ヘルシンキ
中心街にあるストックマンデパートの書籍部門として、1969年に設計した
「アカデミア書店」の空間に、多分、ある。

「アカデミア書店」の3層分の大きな吹き抜け空間の上には、照明を組み込んだ、
多角形のガラスの反射板としてデザインされたトップライトが、3つあって、
四季を通じて、書店全体の空間を、温かくほっとする、アットホームな空間に
することに、成功している。
■以下、アカデミア書店が見れるサイト
http://so1ymsk.exblog.jp/14124134

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 この、「照明器具としてのガラスのトップライト」のアイディアを、建物全
体を貫通する巨大な吹抜け空間にまで拡大し、円錐形の、ガラスの万華鏡のよ
うな巨大な光の反射空間のアイディアとして昇華させ、デザインしたのが、
フランス人の建築家、ジャン・ヌーベルである。
彼は、1996年に、ドイツのベルリンのデパート「ギャラリー・ラファイエット
の設計において、その斬新で巨大なガラスと光の反射空間を、実現している。

以下、「ギャラリー・ラファイエット」が見れるサイト
http://www1.linkclub.or.jp/~ida-10/berlin.html
http://ameblo.jp/kuni/entry-10000903405.html
http://www.japandesign.ne.jp/HTM/REPORT/r_denmark/04/
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/architecture/1997/nouvel.html
http://kids.goo.ne.jp/cgi-bin/kgframe.php?BL=0&SY=0&MD=2&FM=0&TP=http://tenplusone.inax.co.jp/archive/berlin/berlin021.html
http://kids.goo.ne.jp/cgi-bin/kgframe.php?BL=0&SY=0&MD=2&FM=0&TP=http://tenplusone.inax.co.jp/archive/berlin/berlin020.html

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 ヘルシンキの街並も、美しい照明に彩られた、快適な光環境に満ちている。
たとえば、ヘルシンキ中央駅前の広場に立つランタン(街路灯)は、ポールの上の
オルガニックな形をした2枚の反射板を、下から強烈な光でライトアップして、反射
させることで照明するという、アイディアのデザインで、ちょっと必見かもしれない。

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 普段はあまり意識しないが、よくよく振り返ってみると、照明器具を見る時、
私たちは、いつも、照明の「反射板」を、見ていることに、気が付く。

日本でも例外ではない。

日本の白い蛍光灯の照明器具の場合、「反射板」は、白く光る細長い棒である
40Wの蛍光灯が収められた、あるいは取り付けられた、あの見慣れた白い弁当箱
のようなボックス(箱)だったり、あるいは逆富士型の取り付け台座だったりし
ている。
いずれにしても、最初に光源の光が反射する物体である「反射板」を、人は、照明
器具の、姿と形として、認知しているはずだ。
四角いとか、丸いとか、というふうに。
まあ、日本の場合、「反射板」は、なぜか必ず、「白い鉄板」で出来ているのが常
なのだが。

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 日本の場合は、たいがい、蛍光灯などの光源が剥き出しで部屋を照らしていて、
「反射板」よりも蛍光灯の光源の方が、先に目に飛び込んできて見えてしまう。

・ 「反射板」よりも光源が、先に目に飛び込んできて、目立って見えてしまう。
(反射板が照明の主役ではなく、脇役になってしまっている)
・ 「反射板」が、白くて四角い弁当箱のボックスであったりと、「反射板」が
単なる白い鉄板にとどまっていて、デザインがされていない。

この2つが、日本の照明環境を豊かではないものにしている、原因であるようだ。

「ともかく白い光で眩しいほど明るくしよう」
ということだけにしか、日本の照明環境は、残念ながら、配慮されていないと、
いえそうである。

照明器具や照明環境は、
「いかに反射板による光の反射のさせ方をデザインするか」
で、その場所の照明の空気を演出するというのが、ヘルシンキ流の、あるいは欧州
の、照明環境の、あり方なのだ。

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 照明環境と、空間を楽しもうとする、「ひかりを楽しむ文化」
が、欧州には、ある。
そうした文化が、長くて暗い冬の夜でも、人たちが楽しく快適に過ごせる、建築や
街並の「ひかり」環境を、創り出している、といえそうだ。

また、長くて暗い冬の夜という、欧州特有の気候と風土の条件が、そうした
「ひかりを楽しむ文化」を、人たちが育み、育てることになった、理由でもある。

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 「24時間都市」という言葉があるが、昼間だけでなく、夜の時間も、人びとに
とっては、ビジネスの時間として、あるいは安らぎの時間として、欠かせない大切
な生活時間であるのが、現代の時代である。

「陰影礼賛」という言葉があるが、昔の日本にも、「ひかりを楽しむ文化」が、
あった。
 そうしたことを少し思い出してみることが、毎日私たちが暮らす建物や街並を、
より豊かで文化的な、落ち着きと楽しみのある快適な環境にしていくためには、
必要なことなのかもしれない。

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